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身体が動かない…。3歳のうちの子が急性弛緩性脊髄炎になった話

  24, 2018 13:55
実話。子が脊髄炎になった話。

脊髄炎とひとくちに言っても幅広く、よく目にするのは散在性脳脊髄炎の記事ですが
我が家の子供の場合は脳には異常がないが身体を自分で動かすことが出来ないタイプの脊髄炎です。
病名を【急性弛緩性脊髄炎】と診断されました。
この病名をはっきり告げられたのは入院から13日経過したときのことでした。

2018年11月にはいってちらちらとニュースで話題になるようになりました。

弛緩性麻痺 


このは昨年2017年の12月、日本小児協会によって『届出疾患』に登録された病気です。

携わった医師は管轄の保健所に届け出ることが義務付けられています。5類感染症に分類され、風邪のウイルスにより発症することがあります。

まれな病気であり、

あまり経験者の方の記事がないので

少しでもこの病気と闘う方の励みになればと記事を書かせていただきました。


我が子が発症し1か月がたったころ、ニュースで報じられた病気の内容は

(わたしたちの事例報告により情報ができているためあたりまえと言えばそうなのですが)

ほぼ我が子にあてはまっていました。

弛緩性麻痺2 

弛緩性麻痺3 ↑この28人の中に我が子も含まれています。

身内に特病者なし、本人も健康そのものの児童。まさかこのような大病を患うとは夢にも思いませんでした。ウイルス自体は手足口病の原因菌でもあるのでちまたに潜んでいてもおかしくないが

この症状に至ってしまうのは、運としか言いようがない..。

無意味であると分かっているため考えないようにしているものの、

感染経路を疑ったり、可能性のあるものを憎みたくなる気持ちはいつも心の隅に居ます。



 この記録はわたしの子供が実際に急性弛緩性脊髄炎にかかり、

治るまでの様子を書き留めるもので、

専門的知識などを公開するものではありません。

もしかすると細かい知識、説明に誤りがあるかもしれませんが

医療関係者でないため長い目で見ていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。



もくじ
 
あらわれた症状と入院に至るまで


まずこの脊髄炎の名称を検索すると出てくるのは米国の記事、症例です。

米国をはじめとして日本でもそれらしい症状がみられる患者が増えたことにより

日本小児科学会も警鐘を鳴らしています。↓参考

日本小児科学会HP急性弛緩性麻痺/急性弛緩性脊髄炎ならびに喘息様症状を認める急性呼吸不全症例の多発について


症状については、脊髄炎により負傷する箇所により実にさまざまな形で現れるため

うちの3歳の子供K(以降K)の場合としか言えませんが

この病気と闘い出した人たちに参考になると思いますので書き留めます。


最初は、ほんとうにただの風邪でした。

鼻が出て、たまに咳が出て。

それが週末のことだったので、週明けの朝いちばんに近所の小児科に行って、

痰が切れるおくすりと、気管をすこしひろげるおくすりをもらいました。


お熱はすこし高いかな?ってくらい。

幼稚園にも風邪薬を飲んで問題なく登園できていました。


そして週末。月曜にお医者さんで風邪薬を貰った週の金曜にはほぼ風邪も治り

土曜には公園でパパと戦いごっこをして

はげしく走りまわってチャンバラしておりました。


しかし。

あくる日の日曜日。


朝から、「かたいたい」と肩と首の痛みを訴え泣き出しました。

そしてブルブルッと一瞬けいれんかとも思えるような身震いをはじめました。

ブルブルッ...としておしまい。とおもったら数分後またブルブルッ..。

生後数か月のころけいれんを起こしたことがあるので

まさか..と思いましたが、意識はハッキリ。


じゃあこの身震いの正体は?

と不安に思い熱を数回10分おきくらいに計ってみると

すこしずつ熱があがってきました。37.7..。最初の数時間はそんなもんでした。


でも熱がでてきたので、

・かたが痛い→発熱前の関節痛

・ブルブル→発熱前の悪寒

とわたしたち夫婦は納得してしまいました。

今思えば悪寒のある発熱ならもっと突発的に熱があがったろうと思います。

微熱のような熱が続き、38度台になったのは夕方から夜にかけてでした。


日曜なので病院はおやすみ。

ハナミズも咳もない、熱だけの風邪のようだったので

解熱剤で様子を見ようと思い

家の座薬をいれてあげてその日は過ごしました。


よくないことに、次の日の月曜日は祝日で

また病院がお休みの日。


けれども座薬をいれても熱が下がる様子がないのに加えて

ぐったりしてあまり動かないので

急患センターへ向かいました。


このとき、まだ風邪だと思っていたわたしたちは

強い風邪→インフルエンザ だと思っていました。

インフルエンザの検査をしてもらいに行ったんです。


でも急患センターの先生には

『インフルエンザの検査をするまでもなく秋風邪でしょうね。』

と言ってそれでおしまいでした。

その時の先生も、ぐったりしている様子を見ていたので

それを見たうえで言っているのならそうなのかもしれない。。と思い

さいしょに風邪をひいた時と同じ薬をもらって、またそれで様子を見ることになりました。

この時点では、自分ですこし歩いたりしていて、

待合室では座ると言って背もたれに体を全部預けて(頭も)腕を垂れてぐでっとして

名前を呼ばれるのをまっていました。



そして帰宅。

その後も一向によくなる気配がなく。。

好き嫌いなくごはんをもりもり食べる

食べるの大好きKがひとくちもごはんを食べず。


風邪ひきさん限定特別待遇で

ベッドでごはんをあげても

なんと横たわった状態からひとりで起き上がらない。

枕元にジュースを置いたり希望があればあれこれもってきたり

せっせとお世話していたので

やりすぎて甘えん坊になってるんだと思いました。


『甘えてないで、ちゃんとお座りしないと!』

なんて言って自分でお座りしてと促すと

仰向けに寝ている状態からごろんと寝返るまではできるんです。


あとは腕をついて頭を上げるだけなのに、


その動作が、できない。



まだ甘えているんだと思っていたわたしは

おすわりしてよと怒ってしまいました。


Kは泣いていました。


『だって、できないよう できないよう』


と言ってベッドでわんわん泣きました。


ほんとうに身体が動かないのにわかってもらえなくって

助けてもらえなくって

つらかったろうなと思います。


分かってあげられなくてごめんね、K。


そしてその一件があったきり、

寝たきりになってぜんぜん動かなくなってしまいました。





そして火曜日。

いきつけの小児科が開いている日。朝イチで受診しました。

そこで相談したところ、「なぜ自分で座ることができないのか

原因がわからないので大きな病院を紹介します」と言われ

県立病院を紹介してもらい

いきつけの小児科を出てすぐその足で県立病院へ向かいました。



そしてすぐ

検査入院すべきと言われ入院することになったのでした。

ちなみに検査入院は5日間ほどと言われていました。

家庭の事情も聞かず待たず、サクサク入院の段取りをする先生に

主人はさいしょ腹を立てていましたくらいです。

それほどに、ヤバイ病気が潜んでいると思ってなかったんです。


幸いなことにこれまで身内やわたしたち夫婦は大病を患ったことがありませんでした。

まさか自分の子が重い病気になるなんて夢にも思っていませんでした。

今まで大きな病院に出入りするとは見かけるバギーに乗った身体障害を患った子供たちを

無縁だとなんとも思わずに見流していました。

このようなことを言うと非難されそうですが、今になると、そのご両親やご家族の痛い気持ちが

分かるような気がしてなんとも言えず申し訳なくなります。


腹をたてていた主人も、営業マンのような喋り方の先生に不信感を抱いていたわたしも、

周囲の説得を受け、その日のうちに入院させることを決めました。


『きっと、入院している5日のあいだに

熱も下がってすっかりよくなって、

検査入院なんて大げさだったなあ。なんて言ってるだろうね』

なんて言いながら。







 
はじめの検査・脳をしらべる

 まず体が急に動かせなくなる原因として一番怖くて
あってはならないのが脳の疾患。
脳出血などの場合は早急な措置を迫られるため一日目入院が決まったあとすぐに
MRとCTに入りました。


じっとしていないといけないCTとMRは
年齢的に、睡眠剤をすこし投入する場合が多いのですが、
Kはぐったりして動かないので
睡眠剤なしでトンネル(CT・MR)に入りました。結果は後述します。



そして突然入院が決まり

一夜明けた次の日。入院生活二日目。



ぐったりしはじめてもう丸2日まともに食事をとっていないK。しかし

まだ原因がなにか分からないため食事がとれませんでした。


『おなかすいた』


『おにぎりたべたい。。』


『おうちかえってみんなでごはんたべたい』


って、点滴(カロリーが入ってるわけじゃない。これまた原因不明ということで

検査結果が出てきて病名が絞られるまで栄養のある点滴はできないと言われていました。)

だけでおなかがぺったんこになったKがつぶやくたび、胸が痛みました。

この時から先生たちは

動かない肩や首の神経から、

すでに嚥下がうまくできないかもしれないことを視野にいれていたんだと思います。



それからKの喉が、ごろごろ鳴るようになりました。

タンがからんでいるんです。


それは今思えば、

自分では飲み込んだり吐き出したり

そういう動作ができない証拠でした。


 喋りにくそうにしていましたが、ごろごろする喉は自分ではどうにもできないのか、する気がないのか、ずっとそのままごろごろしていました。

後遺症が残るかもしれないほどの事態になってきているとは夢にも思っていない私たちには

タンくらいで何を騒ぐことがあるのか。って、それぐらいでした。


ほんとにお気楽だったと思います。



それから、

頭のCTとMRの結果はというと。

脳炎や脳出血は今のところまったく見当たらないという結果でした。

ほっとするも、


脳でないということは次はどこだ、という話になるわけで。


人間の脳の伝達は

脳→脊髄→末梢神経

という順で伝達されていきます。

では脳が消えたら次に調べないといけないのは、、

脊髄ということになります。


こんどは髄液検査をしました。

丸くなって背中に痛い注射をして髄液を抜き取るアレです。


髄液は、脊髄をまもっている羊水のような役割の液体です。

すべての伝達経路である脊髄は

骨にかこまれなおかつ髄液につつまれて守られています。



予防接種くらい涼しい顔で受けちゃう3歳児Kでしたが

脊髄の注射はやはり痛いようで、処置中とんと泣いたようでした。



髄液をとって検査にかけると髄液が炎症をおこしているかどうかが分かります。



髄液検査のあと、


血液でいうところの白血球の役割をしてりる

防衛隊の成分が通常より増加しているのがわかりました。


つまり、脊髄または髄膜に炎症がある確率が上がったということです。






 
脊髄に炎症があると発覚

 

  髄液の対抗物質が増えていることから

脊髄の炎症を疑われたため、さらに詳細な脊髄の検査をしました。


・腕が動かない

・さいしょに首と肩を痛がった

・喉がごろごろしている


このことから、炎症が起こっている場所は

首、肩周辺(腕が動かなくなったり首や器官をつかさどっている神経がある場所が

その周辺にあるとのことで)と考えられたため、

首周辺のMRを詳細にとりました。

造影剤も投与しました。


そしてMRの結果(この検査の結果は1日で分かりました)


脊髄の中に白い炎症があることが分かったんです。

脊髄炎と判明しました。

風邪をひいていたことや、病気の進行のし方から

のちに『急性弛緩性脊髄炎』と診断されます。



発症と発覚にいたるまでの経緯がここまでです。

記事は書きあがり次第更新していきます。

急性弛緩性脊髄炎は一度発症するとくいとめる薬はなく、

抗炎症剤などの対処療法になります。

ですから、悪くなるのを止めることはできません。


もう悪くなり切って底をついた。次は回復に向かう折り返し地点だ。

こう思えるところまで、悪化していく病状を見守りながら

死ぬな、悪くなるなと祈るしかないのです。


何もできないことが、本当につらい。


今、この病気と闘う人がいるなら

わたしにもその気持ちがわかるから

いっしょに祈ります。

Kがこの病気になってから、人間って

生きてるだけで奇跡だってすごいことなんだってわかったんです。

生命力ってすごいんです。

だから信じよう。


我が子は呼吸停止に陥りましたが生きています。

次章は呼吸停止になってからのおはなしです。

近く更新いたします。


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